「クソッ、こいつもかよっ!」
青年はもううんざりだと吐き捨てるように言うと、手にした剣を横薙ぎに振るった。
切り倒されたのは人に似た形をした、人ならざるモノ。否、先ほどまでは確かに人だったモノだ。
夜の静寂に震える街路は、血とも体液ともつかぬ液体でぬかるんでいた。
《成り損ない》そう呼ばれる異形で、今やこの街は埋め尽くされようとしていた。
「ああもうっ! どんだけ湧いてくるんだよっ!」
青年の悲痛な声に応えるのは落ち着き払った女の声だった。
「そうね、ざっと千、と云ったところかしら? この街全部がこうなってるんならね」
言いながらも軽やかに、舞うように異形を屠る。手にした双剣はまるで闇夜に踊る娘のようでもあり、魔を食らう大きな顎のようでもあった。
「マルグリット、お前簡単に言うけどな、千って相当だぞ……」
半ば呆れたような――いや本心から呆れているのだが――青年の声。
「アルマン、言うでしょ、諦めが肝心、って」
マルグリットと呼ばれた女は、けれど微塵も諦めた様子などなく言い放つ。
月の無い夜に、星の明かりをきらきらと映す三本の剣が舞っていた。
「つーか面倒だっ! 魔法、魔法使ってくれよ!」
もう何体の異形を打ち倒したろう。言葉とは裏腹に、アルマンは息一つ切らしてはいなかった。
「やぁよ、私はコイツらと一緒になんかなりたくないもの」
魔法、人の身には余る力でありながら、誰もが用いることが出来る禁忌の法。それを行使する者は、代償として『人である事』を失ってしまうという。それはまさに彼らの前に群がる《成り損ない》その物だ。
「悪魔にでもなれるっていうならねぇ、やってもいいけど……こんな醜いバケモノなんてご免よ」
憎しみさえ篭る言葉。美を尊ぶマルグリットにとって、醜悪なモノに成り果てるなど論外なのであろう。
「あー、分かった悪かった。聞いた俺が馬鹿だった」
答えなど聞く前から分かっていた。一縷の望みを託してみただけの事だった。正直を言って、少し楽が出来ればいいか、その程度の望みだ。
「そうよ、いい子ねアルマン。私が三百、貴方が七百、簡単でしょう?」
子供を褒めるように、あるいは歌うように。
「待て。計算がおかしいだろう。フツー五百ずつって言うトコだそこは」
振るった剣に知らず、力が入る。飛び掛る異形の胴体がそのままの勢いで二つに分かれ、それぞれが壁と地面にぶつかり動かなくなった。
「ああら、私はか弱い女ですもの、逞しい殿方が守って下さりませんと」
笑うように、もしくは子供を諭すように。
「畜生、いっつも俺ばっかりっ!」
ぎり、と柄を握る手が鳴った。幽かな明かりに照らされた、アルマンの腕は人の物ではない。
「これ以上魔法使ったら完全にバケモノになっちまうだろうがっ!」
八つ当たりとも取れる勢いで剣を振り回す。その刃はとうに毀れ、切れ味など失われていた。
剣の形をした鋼の棒を振り回し、それでも襲い来る異形を断ち切る。人ならざる膂力のなせる業だった。
二人が街に辿り着いたのはまだ宵の頃。明かり一つない街路を見るに、恐らくは魔力炉の崩壊が原因だろうと推察された。
「あー、ひっさしぶりにゆっくり出来ると思ったんだけどなぁ」
もう諦めた、仕方ない、やるだけやる。それで無理ならもう知らねー。そう言って、黙々と作業のように手にしたモノを振るい続けた。
「あら、ゆっくりすればいいじゃない。掃除が終わったらね」
相変わらず事も無げに。
――二人が誰も居ない街で休息したのはもう日が昇ってからの事だった。
成りかけの男と、成りたくない女の、旅の一幕。